──INTERVIEW

奥華子


「会いたいって好きよりも先に芽生える気持ちで

 相手に対して一番最初に生まれる尊い感情だと思うんです」

「会いたいって好きよりも先に芽生える気持ちで相手に対して一番最初に生まれる尊い感情だと思うんです」



奥華子『会いたいと思えること』オフィシャルインタビュー

奥華子『会いたいと思えること』

オフィシャルインタビュー

2年間の活動休止を経て昨年デビュー20周年を迎えた奥華子が、2019年発表の前作『KASUMISOU』以来、7年ぶりにして通算11枚目のアルバム『会いたいと思えること』を7月22日にリリースした。先行配信された「ガラクタの思い出」「奇跡のかたまり」「宝石」ほか全12曲を収録した同作は、止めどなく押し寄せる美しいメロディと歌声から感じる揺るぎなき奥華子に歓喜し、休止中に得た気付きや新たな視野がもたらした歌詞から伝わるこれからの奥華子に心躍る、みずみずしくも意欲的な作品に。一度は自ら音楽を手放した奥華子が、再びその手に手繰り寄せるまでの7年間にわたる再生の物語を語るインタビュー。人との出会いが音楽を生み、その音楽が人と出会わせる。奥華子の旅路はまだ、続いていく──。



自分を好きになりたいから曲を作って歌ってきたのに

歌う自分すら好きになれないなら、もうどうしようもない

自分を好きになりたいから曲を作って歌ってきたのに歌う自分すら好きになれないなら、もうどうしようもない


──まずは活動休止前から今日に至るまでの流れを順に聞いていきたいなと。2019年3月に前アルバム『KASUMISOU』を発表し、リリースツアー後の11月には『奥華子 ALL TIME BEST』を出して。一見、翌年のデビュー15周年に向けた動きに見えて、2020年3月末には全てを終わらせるため、長年続いたBAYFM78のラジオ番組『奥華子のLagan de Talk!』も最終回を迎え、フェードアウトしていくのをみんなが察するという……。なぜこのタイミングでの休止だったのか、華ちゃんの中では積年の問題だったのか。

「ずっと積み重なって、たまりにたまった感じはありました。『奥華子BEST -My Letters-』(2012年)を出した後も一回休んで……だからだいたい7年サイクルで、“もうちょっと無理かな”という時期が来る(笑)。年齢的にも40代になり、自分の中のエネルギーもなくなって……このまま悶々とし続けるのが嫌で、全ての環境を変えたくなったんです」


──今まではそう思いはしても乗り越えてきたのに、このときはやめる方に振り切った。でも、それなりの規模になった活動を止めるとなると、いろんな人に話を通す方が大変だから、時にそれが続ける理由にもなったりするじゃない?

「本当にその通りで、“迷惑がかかるし、ライブもあるし”って、やめない理由はたくさんあったんですけど、“こういうことがやりたいから絶対に歌うんだ”みたいな、続ける理由が分からなくなってしまって……そうなるとファンの人に堂々と「奥華子を応援してください!」って言えないし、“頑張れない、好きになれない自分を好きになりたい”というのがそもそも奥華子のテーマで、自分を好きになりたいから曲を作って歌ってきたのに、歌う自分すら好きになれないなら、もうどうしようもないなって」


──気持ちのコップが溢れ出したというか……周囲の人に休みたいと伝えたときはどんな反応だったの?

マネージャー福田政賢「事務所的に言うと、「もうやめたい」と言ったって、「いや、半年後、1年後のワンマンはどうするの?」ってなるじゃないですか。でも、それを繰り返してきたので、まぁしょうがないなと。2019年に最後のワンマンをやって、その後のスケジュールは切らないという選択をやっと彼女がしたんです」

「その頃は、“全国を回るのもこれで最後かもしれない。もしまた歌うことになっても、ツアーなんてできないだろうな”と思ってましたね」


──おそらくメジャーでもなくなるだろうし、今までのような環境で音楽ができるか分からない。それでもやめるとなったら相当な覚悟ですね。

「それなのに、他に何かやりたいことがあるわけでもなく、計画してることもなく、とりあえず何もかも手放してから考えようと思ったら、コロナ禍になって。だから休んでも誰にも気付かれないという(笑)」


──バンドとはまた違う、ソロアーティストが活動を止める重さと難しさがあるよね。このまま一般人になって、音楽を二度とやらない可能性もあったんだよね?

「当時はそれぐらい先が見えなかったんですよね。ライブをやりたい気持ちになれなかったし、女性ならではの年齢のこともあったと思う。30代はいろんなことを後回しにしてたけど、40代になって今後どう生きていくのか……このままずるずると決めちゃっていいのかなって」


──アーティストとしても女性としても、立ち止まるなら最後のタイミングかもしれない。

「あと、最初はもっと自分に期待してたんですよ。奥華子の音楽がたくさんの人に受け入れられる自信がどこかにあった。でも、そうでもないんだなって、だんだん気付いていくんです。めっちゃいい曲ができたと思ってシングルを出しても出しても、ダメなんだダメなんだって……自分が思ったより認められないことに、知らず知らずダメージを受けていた。でも結局、そうならないためにもっと努力しなかった自分のせいなんですけど、あの頃はそういう卑屈な気持ちが大きかったですね」


──2020年4月1日~2022年3月19日の約2年間はピタッと音信不通になって。活動休止中もラジオのレギュラー番組だけはやる人もいるけど、それすらしなかったところに華ちゃんの意志を感じますね。

「前回休んだときはラジオを続けたんです。でも、そこでファンの人とつながれるから甘えちゃうんですよ。だからもう自分の居場所を全部手放そうと思ったんですよね」



自分の声で、自分の作った曲を、誰かの前で歌うことに意味がある


──音楽も聴かず、ピアノも弾かなかった2年間はどうでした?

「ライブもない。ラジオもない。曲も作らなくていい。まず予定がないんです。そんなことって働き始めたら人生で一度もないじゃないですか。学生時代だってもっと忙しいですよね。でも、不思議と不安はなくて、友達と会ったり、車の免許を取りに行ったり、今までにできなかったことをして。友達に「歌はやめちゃうの?」って聞かれても、「分かんない」って答えてました。ただ、CMソングのお仕事だけはやりましたけど(=2021年にNintendo Switch『New ポケモンスナップ』のWEB CM「見つけた、夏のひとやすみ編」で松浦亜弥の「Yeah!めっちゃホリディ」をカバー)」

福田「音楽業界に奥華子の片足の指だけでも残しておきたい気持ちが僕にはあったし、親しい友人からの依頼でもあったので、「これだけはちょっと歌ってよ」という感じでしたね」


──例えばメジャー契約の終了後、ボイストレーナーや作家になったり、レコード会社に就職するミュージシャンもいる。華ちゃんもCM曲や劇伴を書いて裏方として生きたり、VTuberみたいに表に出ずに歌うこともできたよね?

「休んでる間に心配してご飯に誘ってくれた知り合いから、「音楽をやるのに疲れちゃったの? VTuberなら顔も出さず、何なら男の人の声にもなれるし、いいんじゃない?」みたいに言われたとき、すごいなとは思ってもやりたいとは思わなかった。私は歌うのが好きというよりも、自分の声で、自分の作った曲を、誰かの前で歌うことに意味があると思ってることに気付かされて。あとは、自分には趣味もないし、曲を作って歌うこと以外、何もやってこなかったことにビックリして。そもそも免許を取りに行ったのも、歌ってないと何者でもないから、自分の身分証明書が欲しかったんです。料理もそんなにできません。一般常識もあまりありません。人として欠けてるけど、曲を作って歌ってることでプラスマイナスゼロ。歌ってなかったらただのダメ人間になっちゃう。私は歌うことで自分を保ってきたから、人としての自信がなくなっちゃったんですよ」


──音楽で自信がなくなったのに、音楽を手放したことで人としての自信もなくなった(笑)。

「社会とのつながりがなくなるのって、本当に辛いんだなと思って。孤独ですよね」


──音楽が社会と自分の接点だと思い知り、休止から約2年後の2022年3月20日、自分の誕生日に熱いブログを上げてたよね。だから事実上のお休みはここまでかなと。

「(久々に自身のブログに目を通して)“どうしてもっと明るく前向きに生きられないんだろう”……私、ずっとこんなことを言ってますよね(笑)。ずっと悩んでる。それも書いてありますね。“ずっと悩みの中にいるのなら、それを言葉にして歌っていきます”って。けど、“悲しい事も苦しかった事も。それを聴いてくれた誰かが少しでも笑顔になってくれるのなら、そうやって誰かと繋がって、社会の中の一人として存在できるようになりたいです”。まさにこれなんですよね」


──そして2022年8月には、東京国際フォーラムホールAで『スタジオ地図 シネマティックオーケストラ2022 ~「竜とそばかすの姫」公開1周年記念~』に出演。『時をかける少女』の主題歌「ガーネット」と挿入歌「変わらないもの」を歌いました。

福田「スタジオ地図から“大切なご相談”というオファーが来たのが、2022年3月23日」


──ブログの3日後ってまさにお導き的な……!

「でも、本当に2年間、全く声を出してなかったんで、最初は全然歌えなくて。ライブの数週間前にリハーサルがあったんですけど、たぶんスタッフの皆さんも“大丈夫?”みたいな感じで、声は出ないし、出てもひっくり返る。ボイトレを何人お願いしても、なかなかうまくいかなくて。ライブまであと2週間ぐらいの時期に、この症状を直してくれる人がいないかYouTubeでめっちゃ探して、全く接点がなかったんですけどメッセージを送り……。そうしたら奥華子のことも知ってくれてた人で、「最初はいたずらかと思いました」って言ってました(笑)。本当にその人に出会えて良かったです」


──2年8カ月ぶりにライブという居場所に帰ってきたときは何か感じました?

「「ガーネット」と「変わらないもの」は自分で作った曲ですけど、『時をかける少女』という作品と細田守監督が作らせてくれた曲だし、映画のファンの方がすごく愛してくれているので責任を感じました。この曲をライブで歌い続けられる自分でいなきゃなと思いましたね」



幸せだなと思います、本当に


──ただ、東京国際フォーラム後にやろうとした3年ぶりの弾き語り配信ライブは体調不良で中止に……そのときに寄せられたファンからのメッセージにすごく救われたと。

「今まではライブを中止も延期もしたことがなかったのに、肺炎になっちゃって初めてキャンセルしたんですよ。やっと復帰して、やっと自分のライブを決めて、みんなも待っててくれたのに申し訳ない気持ちだったんですけど、“気にしなくていいよ”、“体を大事にね”とか……そのときのコメントがとにかく優しくて、めちゃくちゃ救われたんですよ。2年間何も言わずに休んだときも、“待ってますとは言いません。華ちゃんの負担になっちゃうかもしれないから。好きなように生きてください”って……本当にそういうコメントばっかりだった。例えば知り合いとか友達が病気になったとき、大丈夫かなと思っても、“LINEを返すのも負担になるかな? 返事を送ってもらうのが申し訳ないな”とか、いろいろ考えちゃって」


──こんなときだけ連絡するのもな、と思ったりもするもんね。

「そうやっていつも何も送らないタイプだったんですけど、人って言葉によって救われるんだなと思ったし、言葉をかけるのって気を使うじゃないですか。それを乗り越えて送ってくれてるんだから、どうしようかなと思ったときはやっぱり伝えた方がいい。私もそういう人になりたいって、みんなを見て思ったんです。それが後に「奇跡のかたまり」につながっていくんですけど」


──そして翌2023年5月には、3年8カ月ぶりのワンマンライブを地元の千葉・船橋市民文化ホールで開催して。そこで初披露した「宝石」はリスタートに向けた自分への応援歌ということで、これからの奥華子のスタンスが記された大事な一曲です。

「リスタート・コンサートで新曲をやりたくて、最初に「宝石」を作ったんです。“周りはこう言ってるから”とか言い訳をせず、自分の意思で、自分が歌いたい曲を……今の自分の心境をかなり純粋に書きました。あとは爽やかですがすがしい曲にしたかったので、メロディ先行で作った記憶がありますね」


──久々の地元でのライブで何を思いましたか?

「まずチケットが売り切れたことにビックリしたんですよ。正直、もうそんなに人は来てくれないと思ってたのでそれがすごくうれしかったのと、路上ライブ時代からのファンの人も多かったし、知ってる顔がたくさん見えて……コロナ禍もあって、当たり前の日常が当たり前じゃなかったとみんなが感じてる時期だったので、再会できて良かったと思えた特別な日でしたね。もう泣きました!」


──アルバムタイトルの『会いたいと思えること』にも通じる、「久しぶり!」と言える人がいる喜びというか。

「ファンの人ってもしかすると友達より会ってるぐらい身近だから、最後に客席に降りて歌って回ったときも、みんなと「久しぶり~! 元気だった!?」みたいな感じで」


──そうやって会いたいと思える人が何千、何万といるなんて、めっちゃいい人生じゃないですか。

「幸せだなと思います、本当に」


──以降も大阪、名古屋で復帰ライブを行って、リスタート公演最後の横浜でファンへの感謝を曲にして伝えようと、「奇跡のかたまり」を完成させた。ただ、リリース自体はNHK『ラジオ深夜便』とのタイアップの関係上、後から作られた「ガラクタの思い出」が、5年ぶりの新曲として2024年12月に配信されたということですね。



配信で一曲ずつ出したときよりアルバムに入った方が良く聴こえる


──デビュー20周年イヤーとなる2025年は2月に「奇跡のかたまり」、8月に「宝石」を配信。全国弾き語りツアーに加え、デビュー日の7月27日にはLINE CUBE SHIBUYA、10月4日には大阪城音楽堂でスペシャルライブを行いました。

「LINE CUBE SHIBUYAは、私の大事な時期を支えてくれたミュージシャンのスケジュールがたまたま空いていて、週末だったのに会場も運良く取れて。今の状況からすると大きいキャバだったけど、思い切ってやるしかないなと。当日はたくさんの人が集まってくれてお祭りみたいだったし、ノブさん(=ポニーキャニオン佐藤信太郎)も見に来てくれて、“奥華子、まだやれるじゃん”みたいな印象を持ってもらえたのが今回のアルバムにつながったと思うんですよね」

佐藤「本人から「10年ぶりにバンドライブをやらせていただきます!」と連絡をもらって、LINE CUBE SHIBUYAのワンマンを見に行かせてもらったんですよ。その日のライブを見ながら、時間が経過しても「変わらないもの」についてずっと考えてました。自分は5周年のときも担当させてもらってたんですけど、その当時を思い返しても、時空を超えたように変わらない空間がそこにあった。会場いっぱいのお客さんや、たくさんの関係者の顔ぶれを見ても、ここまで変わらないものを守っていける人は他にいないなと感動して。奥華子という概念そのものが“時をかけている”なと。ライブ後に本人と挨拶したときは、20周年イヤー中に新作をまた一緒にリリースしたいという思いは固まってました」

「大阪城音楽堂は、私にとってこれだと思えた3人編成でやってみたら、自分らしさもありつつ新しい世界が見えた印象深いライブだったので、どっちもやれて良かったですね」


──その後、YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』で、「変わらないもの」に続いて「ガーネット」も披露。じわじわと盛り上がる追い風を受けて、2026年7月22日、ついに7年ぶりのアルバム『会いたいと思えること』がリリースされました。

「(事務所から)3曲配信はしたけど、じゃあ次はアルバムを作ろうという気持ちにはまだなれなかったんです。でも、ポニーキャニオンからアルバムが出せるという話が出たのが私の中では何より大きくて、パーッと道が開けたというか……!」


──『会いたいと思えること』は奥華子でしかない、ちゃんと期待に応えたアルバムだなと思いました。華ちゃんがシーンから姿を消した後も代わりになるアーティストは出てこなかったし、トレンドも関係なく、何でもすぐに白黒ひっくり返るSNS時代にここまで揺るぎない音楽は、生きるヒントかもしれないとすら思えた。かみ締めて聴いていくうちに、“ブランクなんかあったっけ?”と思うぐらい、ずっとそこにあったように心になじんできました。久々のアルバム制作で何か思うところはありました?

「リスタートしてから、不思議なことに前より声が出るようになったんです。例えば、「変わらないもの」はライブでも半音下げて歌ってたのが今は原曲のキーで歌えるし、昔はライブのたびに喉が詰まって声が出しにくかったのに、ボイトレのおかげか、精神面も大きいのかもしれないけど、そこのストレスはなくなりましたね」


──アルバムの幕開けを飾るタイトル曲「会いたいと思えること」はある意味、大人のぜいたくな倦怠期を描いたとも言える一曲です。会いたいと思えること自体が当たり前じゃないというのは、作品全体に通じるテーマですね。

「会いたいって好きよりも先に芽生える気持ちで、相手に対して一番最初に生まれる尊い感情だと思うんです。“この気持ちが=好きなのか分からない。でも、会いたいということはそうなのかな?”……会いたいから付き合う。付き合うことで一緒にいられる。ずっと一緒にいたいから結婚する。なのに、その元になる感情がいつの間にか最後になっちゃうことを歌いたくて。別れの歌でもなく、一緒にいるけど寂しい曲ですね」


──続く「僕を失くした日」は、すれ違う歌詞の目線が面白いなと。

「私は僕目線の失恋ソング、中でも彼女に振り回されるようなちょっと弱い僕が好きで。この曲は歌詞とメロディが同時につるっと書けたパターンでしたね」


──「向日葵」は昭和~平成世代直撃のメロディというか、どの曲もそうですけど、再生した途端に“奥華子キター!”となる美しくてスタンダードなポップスで、かつBメロのハモリも新鮮でした。先行配信された「ガラクタの思い出」は、それこそ年を重ねたから分かる親の愛がつづられて。華ちゃんが休んでいた間、ご両親はどう思ってたのかな?

「親は基本的に何も言わないんですよ。「食べていけるの?」って心配してましたけど(笑)。この曲は全てが実体験ですね」


──バグパイプみたいな音が隠し味で入ってますね。

「「ガーネット」や「変わらないもの」でもアレンジしていただいた、大尊敬している佐藤準さんのアイデアです。この曲が流れたNHK『ラジオ深夜便』は年配の方がよく聴く番組なので、懐かしさだったりノスタルジックな感じをイメージしたとサトジュンさんが言ってました」


──「輪郭」や「あなたに出会えたことで」は、ある種の頼もしさも感じるようになった、「宝石」にも通じる今の華ちゃんの視野で描かれていて。「好きになってしまったものはしょうがない」は、毎回アルバムに忍ばせてくるワル奥華子な曲(笑)。いつも思うけど、ファンの人はこういう曲についてどう思ってるんだろう? 怖いよこの曲(笑)。

「このタイトルはどうにかならないのって感じですよね?(笑) 歌詞が書きやすいのもありますけど、こういう世界観が好きなんですよね。これもサビのメロディと歌詞が一気にできて、それに合わせてAメロから足していった感じですね」


──「車窓」は今作の中でも個人的に気になった曲です。キーも高めで、Aメロの運びがいつもの奥華子っぽくないのも興味深いなと。

「これはアルバム作りの最後に作った曲なんですけど、今回はどの曲もアレンジが濃いので、バランスを取るためにもピアノの弾き語りを一曲入れたいなと思って。印象的なイントロであんまり使わないコード感、響き優先で作った曲ですね。でも、いつの間にかサビで転調してしまって、“ヤバい、Aメロに戻れない”と後で気付く、みたいな(笑)」


──だからか(笑)。今回のアルバムはどれも復帰後に書いた曲?

「「まばたき」は10年前ぐらいからサビだけあったんですよ。オムツのCM用に作って、いい曲だなとは思ってたんですけど、なかなか形にするタイミングがなくて。ラジオでファンの人から「ママになりました」、「子どもが生まれました」と言われることが多くなったのもあって、ちゃんと曲にしてみようかなって」


──「カナリア」の歌詞は恋人にも家族にも当てはまる余白があって、想像が広がる曲です。

「何となく響きで作っていったとき、会いたいと思える人がまだこの世にいるのはすごいことだなと思って。当たり前ですけど亡くなってしまったらもう二度と会えないし、死という究極のテーマで曲を作りたいなと途中から思い始めて。だから、会いたいときに会いに行かなきゃダメだし、「会いたかったよ」と伝えなくちゃと思うんです。そういう意味では「奇跡のかたまり」につながるなと思って、この曲順にしたんですけど」


──「奇跡のかたまり」はファンからの無償の愛に音楽で応えた多幸感と広がりがあって、アルバムのフィナーレにふさわしいなと思いました。

「配信で一曲ずつ出したときよりアルバムに入った方が良く聴こえるというか、こんなに違うんだと思いました。アルバムって大事ですね」


──アルバムの中で、華ちゃん的にとりわけ思い入れがある曲は?

「やっぱり「会いたいと思えること」ですね。出来たてほやほやで大阪野音で歌ったときはそこまで思ってなかったんですけど、改めてアレンジしたものを聴いてると、この曲を作れて本当に良かったなと思いました。今までは恋愛してるか/別れてるかのどっちかだったんですよね。ちょっと中途半端な状態を歌ってるのが、年相応にリアルな感じがして」





──結果、これぞ奥華子な仕上がりで、ファンも喜んでくれると思いますよ。完全限定豪華盤に封入された赤メガネも最高で反則だなと(笑)。いっそライブの定番グッズにして、E.YAZAWAのタオルみたいに赤メガネを投げる曲を作っても盛り上がりそう(笑)。



一度手放したから、今がある


──7年ぶりのアルバムを作り上げたとき、率直にどう思いました?

「“こんなに大変だったっけ!?”と思いましたけど、もう一度ポニーキャニオンから出せるというモチベーションはかなり大きかったです。ノブさんがいてくれて「ここまでに」とか「こうしましょう」と導いてくれないとできなかったし、そうやって一緒に音楽を作っていくのが好きなんだなと思いました。そして、誰と一緒に作るのかが大事なんだなって。やっぱり人ですよね」


──もし違うレーベルだったら、全く知らない人が担当だったら。

「無理無理無理、全然無理! 同じことを言われたとしても、“この人が言うならそうだろうな”と思えるかどうかが全てなので。そういう人と音楽を作っていけるのは幸せなことなんだなと、今回のアルバムを通してすごく思いました」


──そして、そういう人たちに音楽を聴いてもらえるのは幸せなことだと思う。そんな最高の音楽人生をもう手放すなよ!(笑)

「アハハハハ!(笑) 本当ですよね。でも、一度手放したから、今がある気がします」


──9月6日(日)大阪・常翔ホールより始まる『奥華子CONCERT TOUR 2026 -弾き語り-』で各地を巡って、よりいとおしい存在の前でライブができますね。

「こんなに休んで、他に聴く音楽もいっぱいある世の中で、ありがたいですよね。休んでる間に実力のある人がいっぱい出てきて……そう思えば思うほど、めちゃくちゃ歌がうまいわけでもない私が、またこうして歌えること、歌う場所があること、聴いてくれる人がいることが、ものすごいことなんじゃないかと思ってます」


──それは、華ちゃんにしか出せない味があるからですよ。こんな音楽、今どこに行っても聴けませんから。

「ちょっと待って、全然褒められてなくないですか?(笑) そんなに変わってます!?」


──華ちゃんが普通にやってることが今や個性になってる。変な話、このアルバムが去年に出ても来年に出ても驚かない。10年前でも10年後でも聴ける。それぐらい普遍的だと思う。あと、思った以上に華ちゃんのような声の人が他にいない。替えが効かない、華ちゃんは“わざわざ食べに行く名店”だよ(笑)。このアルバムを聴いてふと、いつか奥華子が日本武道館で弾き語りワンマンができたら、そういう未来が来ればいいなと思いました。

「ライブって1000人キャパの会場に200人しかいなくてもできるじゃないですか。で、1000人でも200人でも私がやることは同じなんですよね。どっちにしてもケーキを作るのに、食べる人が少ないとケーキが余っちゃうからもったいないというか……」


──分かるような分からんような、めちゃくちゃ華ちゃんらしい例え(笑)。

「だから、やるからにはお客さんでいっぱいにしたいんですよね。無理してやるのは違うと思うけど、それぐらい人が来てくれたら、最高に楽しいだろうな。昔は“どうせ無理だし”と思って、イメージしたくなかったのかもしれない。でも今は、想像すると楽しいなって。還暦ぐらいに武道館でできたらいいな(笑)。“みんなお祝いに来てください!”って」


──赤いちゃんちゃんこを着て、赤いメガネをして(笑)。最後に、今後の奥華子について。

「目標として、“ずっと歌い続ける”というのはあります。「ガーネット」が来年から高校の音楽の教科書に載るんですけど、曲自体はずっと残るし、私自身がやめなければ何か新しい価値が生まれるというか、可能性はゼロにならないんだなと思った。歌い続けていれば、何かいいことがあるかもしれないですよね!?」


取材・文:奥“ボウイ”昌史